大判例

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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)1768号 判決

原告 ネッスル日本株式会社

右訴訟代理人弁護士 湯浅恭三

同 久保田穰

同 菊池武

被告 石垣食品株式会社

主文

1  被告は別紙第二目録表示のラベルを附した容器入りのインスタント・コーヒーを販売し、拡布してはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一申立

一、原告

主文と同旨の判決および仮執行の宣言を求める。

二、被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二請求の原因

一、原告は、スイス連邦法により設立された法人ソシエテ・デ・プロデュイ・ネッスル・エス・アー(以下「スイス・ネッスル」という)を中核に世界各国において乳製品、紅茶、コーヒーその他の食料品の製造、販売を業としている世界的企業であるネッスル・グループの日本における代表であり、かつ、スイス・ネッスルの日本総代理店であって、自らネッスル製品の製造販売を行うほか、スイス・ネッスルからその製品を一手に輸入して販売している。そして、原告は、スイス・ネッスルの有する「ネスカフエ()」の商標名で世界的に著名な別紙第一目録表示のラベル(以下「原告ラベル」という)が附された容器入りのインスタント・コーヒーを終戦後スイス・ネッスルから輸入して販売して来たが、昭和四一年からは自らこれを製造して販売している。

二、ところで、原告の商品名ネスカフエインスタント・コーヒーは、製品の優秀さと原告の販売の努力が両々相まって、現在その販売量において我が国におけるインスタント・コーヒー市場の七割を占めるに至り、広く我が国の消費者に愛好されている。これ等消費者は、新聞、テレビ、週刊誌等あらゆる媒体を通じて間断なく繰還されているネスカフエの大規模な宣伝およびスーパー・マーケット、小売店々頭にあふれている実物に絶えず接し、ネスカフエといえば直ちに褐色の地色に独特の字体の黄色と赤色の文字を配した原告ラベルの附された容器入りのインスタント・コーヒーを連想するようになっている。このように、原告ラベルは、かねてより原告の商品インスタント・コーヒーを示す表示として本邦内において広く認識されている。

三、被告は、最近別紙第二目録表示のラベル(以下「被告ラベル」という)を附した容器入りのインスタント・コーヒーを「ニュー・キャッスル(NEWCA-STLE)」の商標名で販売している。

四、原告ラベルと被告ラベルとを比較すると、被告ラベルは、

(イ)  全体の地色が褐色であって、原告ラベルよりやや茶色が勝ってはいるが、なお原告ラベルと酷似し、

(ロ)  記載がすべて英文字であり、しかもその書体がゴシックである点において、原告ラベルと同じであり、

(ハ)  円筒形の二カ所に一見して正面部の印象を与える大文字部分があり、その間に細かい文字の説明部分がある点において、原告ラベルと同じであり、

(ニ)  全体の文字の色が黄金色であって、原告ラベルの側面の部分の文字の色と同じであり、原告ラベルの正面の部分の黄色と類似し、

(ホ)  正面部の商標部分、INSTANTおよびCOFFEEの文字部分の配列ならびに相互の大きさの関係が原告のラベルとほぼ同様であり、

(ヘ)  INSTANTの文字が赤色で原告のラベルと同じであり、

(ト)  商標部分NEWCASTLEは、その書出文字であるNおよびCの始めと終りを横に直線状に延ばしている点において、原告ラベルの商標部分の書出文字であるNの始めと終りを横に直線状に延ばしている一大特徴と符合し、原告ラベルの商標部分と一見類似の印象を与える。

これを要するに、被告ラベルは、その構成、配色において、原告ラベルと類似点が多く、これを全体として見た場合、原告ラベルと外観が著しく類似している。

五、ところで、現在インスタント・コーヒーの製造業者はさして多くなく、大手はわずかに四社、小規模の業者を合わせてもせいぜい数社にとどまり、そのいずれの商品も原告の商品と全く異ったラベルを採用している。そこで、前記のように原告ラベルと類似する被告ラベルを採用している被告の前記商品は、もともと原告の商品と誤認され易いのである。しかも、インスタント・コーヒーは、商品知識の乏しい家庭の主婦により頻繁に購入される安価な商品であって、購入の際商品の同一性につき厳重な注意が払われることは稀で、多くの場合一見した印象に基づき購入される実情にある。それ故、被告の商品は、ますます原告の商品と誤認されるおそれが大きく、現に被告の商品を原告の商品と誤認して購入した者が随所に現われている。

また、被告ラベルの商標部分NEW-CASTLEにおけるCASTLEは、その書出文字が半ば図案化されているほか、原告会社の商号の英語による表示であるNESTLEと同様、サイレントのTを含み、しかもSTLEで終る数少い英語の単語であるため、一見NESTLEと見誤られ易く、被告ラベルの商標部分はNEW-NESTLEと誤解されるおそれも十分ある。その上、被告ラベルがさきに述べたように原告ラベルと外観において類似しているから、被告の商品は、原告の商品それ自体と混同されないまでも、その容器に附されている被告ラベルの故に、原告のサービス品あるいは新製品と誤解され、商品の出所について混同を来たすおそれが極めて大きい。

六、そして、被告のニュー・キャッスルインスタント・コーヒーがこのように原告のネスカフエインスタント・コーヒーと誤認され、あるいは原告の販売する商品であると誤解されるおそれのある以上、一般消費者が原告の製品を購入するつもりで被告の製品を購入することによって、原告製品の売上げがそれだけ減少することになるのみならず、被告のインスタント・コーヒーは、粉っぽく、コーヒー独特のこくおよび香りがなく、湯にも溶けにくいといった欠点をもっているところから、一般消費者は、この欠点をあたかも原告製品のそれと誤解し、原告製品の品質が低下したかのように評価するに至るので、原告が多年にわたる努力により培って来た原告製品に対する信用が失墜し、そのため原告が莫大な営業上の不利益を被るに至ることが明らかである。

七、よって、原告は、不正競争防止法第一条第一項第一号にもとずき被告に対し被告ラベルを附した容器入りのインスタント・コーヒーの販売、拡布の禁止を求めるため本訴請求に及んだ。

第三答弁

一、請求原因第一項の事実は認める。

同第二項の事実は否認する。

同第三項の事実は認める。

同第四項から第六項までの事実は否認する。第七項は争う。

二、原告ラベルと被告ラベルとを比較すると、被告ラベルは、原告ラベルに類似していない。

(一)  原告ラベルの商標部分は、であって、それが一段に書かれ、その文字は、白に近い一色からなり、平面的に見えるように描かれている。これに対し、被告ラベルの商標部分は、前者と似ても似つかないNEWCASTLEであって、NEWとCASTLEに分けて二段に書かれ、その文字は、黄金色からなり、ふちに影をつけて立体的に見えるように描かれている。このように原告ラベルの商標部分と被告ラベルの商標部分とは明らかに異っている。

原告ラベルおよび被告ラベルにおける商標部分は、いずれもその外観およびラベルとしての性質からみて、当該ラベルの要部をなすものであり、原告ラベルと被告ラベルとはその要部において類似していないといわなければならない。

(二)  また、被告ラベルは(イ)地色が褐色であり、(ロ)記載が英文字で、その書体がゴシックであり、(ハ)円筒形の二カ所に一見して正面部の印象を与える大文字部分があり、その間に細かい文字の説明部分があり、(ニ)全体の文字が黄金色であるという諸点が、原告の主張するように、これに対応する原告ラベルの特徴と同一または類似であるとしても、これらは原告ラベルや被告ラベルにのみ限られた特徴ではなく、外国から輸入されているインスタント・コーヒーのラベルに共通した特徴である。また、原告ラベルおよび被告ラベルにおけるINSTANTの文字が赤色であることは、原告の主張するとおりであるが、この部分は外観からみても当該ラベルの要部とはいい難い。そうすると、原告ラベルと被告ラベルとの類似する部分は、ラベルにおいて枝葉末節の部分にすぎない。

(三)  このように、原告ラベルと被告ラベルとは、その重要でない部分において若干類似性があるだけで、主要な部分においては全然異ったものであるから、これを全体としてみた場合〈省略〉類似しないことが明らかである。

三、原告ラベルと被告ラベルとが前記のように類似しない以上、被告の商品が原告の商品と誤認される筈がなく、これに両者の蓋のデザインが違っていることを考慮に入れるならば、両者が誤認混同されるおそれは絶対にない。現に、被告は、これまで原告関係者からの偽電話と推測される抗議が二度あったほかは、被告製品が原告製品であると誤認されたということを聞いたことがない。証拠〈省略〉。

理由

一、請求原因第一項および第三項の各事実は、当事者間に争いがない。

二、原告ラベルが原告の商品ネスカフエインスタント・コーヒーを示す表示として本邦内において広く認識されていることは当裁判所に顕著な事実である。

三、そこで、被告ラベルが原告ラベルに類似するかどうかについて検討する。

(一)  スイス・ネッスルの製品であることについて争いのない検甲第一号証、被告の製品であることについて争いのない同第二号証および証人田中悦郎の証言によれば、被告ラベルの大きさと原告ラベルの大きさとはほとんど同じであることが認められる。

(二) そして、原告ラベルと被告ラベルを比べてみると、いずれも、上下両縁に細い線でふちをとり、前後二カ所にそれぞれ同一デザインからなり一見して正面部という印象を与える大きなゴシック体英文字の部分があり、その間二カ所に一見して側面部という印象を与える小さなゴシック体英文字の部分があって、この両側面部の幅は、いずれも正面部の巾のほぼ二分の一である。そして、正面部には、上段に一段と大きな文字からなる各自の商標が、下段にこれよりやや小さいCOFFEEの文字が、両者の中間に一段と小さいINSTANTの文字がそれぞれ書かれている。また、側面部の一方には、PIRECTIONSないしPIRECTIONの文字で始まる用法説明の記載があり、他方には100%PURE COFFEE等の文字に交って、そのほぼ中間に形こそ違うが図形が配されている。以上の構成は全体として余り違わないといって差支えない。

(三)  また、原告ラベルと被告ラベルとは、地色がいずれも褐色であって、ただ原告ラベルの方がやや黒色が勝っているので同一とまではいえないが、極めて似ている。また、上下両端のふちの線および両側面部の文字の色がいずれもほとんど同じ黄金色であり、正面部のINSTANTの文字がいずれも同じ赤色であり、正面部のその余の文字の色が、原告ラベルにあっては薄黄色であるのに対し、被告ラベルにあってはほぼ黄金色である点において若干色調を異にしているが、なお類似しているといってよい。

(四)  つぎに、原告ラベルの商標部分はであり、これがラベル正面部の上部ほぼ二分の一の広さに記載されているのに対して、被告ラベルの商標部分はNEW CASTLEであり、これがラベル正面部の上部ほぼ三分の二の広さにNEWとCASTLEの二つに分け上下二段に記載されていて、この点において、原告ラベルと被告ラベルとは外観を異にしている。

しかしながら、原告ラベルの商標部分は、露出文字であるNの各端部を横に直線状に延ばし、この二本の直線と未尾の文字E上の強音符とで全文字を上下からはさんでいる点にデザイン上顕著な特徴がある。ところが、被告ラベルの商標部分も、その書出文字であるNとCとの各端部をそれぞれ横に直線状に延ばし、これで上側の一部を除き全文字を上下からはさんでいて、原告ラベルの商標部分の前部特徴と似通った印象を与えている。また、原告の商標部分と被告の商標部分とは、後者が二語からなり、それが上下二段に記載されているとはいえ、これを全体として把握した場合、いずれもNEで始まりEで終り、その中間にCAを含むほかSがある点において共通したところがある。

こうしたところから、被告ラベルの商標部分は、原告ラベルの商標部分と比較した場合、さきに述べた相違点があるにもかかわらず、これを一見した場合、ややもすれば原告ラベルの商標部分と同一であるかのように誤認され易い印象を与える。そして、この傾向は、既に述べたとおり、両者のラベルの商標部分それ自体の書体ないし色彩が同一ないし類似であることにより、あるいはまた、正面部におけるINSTANT COFFEEの文字の書体ないし色彩が同一または類似であるとともに、正面部をはさむ側面部の記載にも共通点が多いことから、ますます助長されていると考えられる。

以上(一)から(四)までに述べたところを総合すれば、被告ラベルは、これを全体としてみた場合においても、原告ラベルに類似しているといって差支えないであろう。

四、ところで、インスタント・コーヒーは、証人田中悦郎、鈴木庄次の各証言によっても明らかなように、日常頻繁かつ安易に消費されている嗜好品であって、値段も比較的低廉である。それ故、一般消費者は、証人鈴木庄次の証言によっても認められるように、店頭で自己の求める業者の商品を自らの手で選択して購入するに際し、ともすればそのラベル等の商品表示にあまり厳密な注意を払わず、一見した印象だけを頼りに購入し勝ちであるといってよい。このため、一般消費者は、原告ラベルと被告ラベルとの間に前記の程度の類似性があれば、もはや両者間の商標を始めとする前記程度の相違点は異識しないおそれがあるといえよう。のみならず、証人田中悦郎の証言によれば原告のネスカフエインスタント・コーヒーは、その販売量において我が国におけるインスタント・コーヒー市場の七割を占める程著名な製品であることが認められるから、原告ラベルは、日常頻繁に消費者に見聞され、その脳裡に強く焼付けられていることも容易に推察することができる。ところで、消費者は、或るラベルが有名になればなる程、これと多少とも類似しているラベルであれば、これを自己の記憶のなかにある有名ラベルに結びつけ同一視しようとする性癖を持っていることが経験則上知られている。そうすると、被告ラベルが既に述べた程度に原告ラベルと類似している以上、被告ラベルを見た一般消費者は、これを自己の記憶のなかにある原告ラベルと結びつけようとし、そのため原告ラベルと被告ラベルとの相違点には気をとめないという結果を生ずるといってもあえて過言ではないであろう。

してみれば、〈証拠省略〉により被告の商品を原告の商品と誤認して購入する者があったことが認められるが、あえて怪しむに足りないところである。従って、被告の商品は、その容器に附された被告ラベルの故に原告の商品と誤認されるおそれが大きいといわなければならない。被告代表者尋問の結果のうち、この認定に反する部分は以上の認定に照らして採用し難い。

五、このように、被告製品が原告製品と誤認されるおそれがあるとすれば、原告製品を購入するつもりで誤って被告製品を購入する者が現われることは自明の理であり、そのため、原告製品の売上げがそれだけ減少し、この点だけからいっても、原告が営業上不利益を被ることはいうまでもない。

六、よって、被告に対し不正競争防止法第一条第一項第一号にもとずき被告ラベルを附した容器入りのインスタント・コーヒーの販売、拡布の禁止を求める原告の本訴請求は正当であるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、なお、仮執行の宣言はこれを附するのが適当でないと認められるから、その申立を却下することにして主文のとおり判決する。〈以下省略〉。

(裁判長裁判官 古関敏正 裁判官 吉井参也 小酒礼)

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